昔、僕もカーリングの選手だったのだ
世間の話題に乗り遅れまい、と僕も、今日はバンクーバーでおこなわれている冬季オリンピックを見て過ごした。
とくに、女子カーリングの<日本 vs スイス>。
結果は残念ながら、4―10で、負けてしまった。
でも、このカーリングの試合を見ていて思いだしたのだ。
僕も、昔はカーリングの選手だった、ということを。
いや、ほんと。
しかも、日本『クリスタル・ジャパン』スキップの目黒萌絵選手と同じ氷上で闘ったのだ。
いや、ほんと。
目黒萌絵選手の生まれ育った南富良野で、カーリングをやる機会があったのだ。
そして、なんと目黒萌絵選手のお父さんとお母さんに教えてもらったのだ。
目黒萌絵選手のお母さん(左)に指導を受けるわたくしである(写真=佐藤雅彦)。
くわしく説明すると長くなるけど、ようするに、南富良野を訪れたとき(たしか五年ほど前のことだ)、運良くカーリングをする機会を得たのだった。
カーリングのルールも知らないのに。
さらにしかも、そのときは、お母さんと同じチームで闘ったのだ。
結果は、もちろん勝利である(と記憶している)。
さて、オリンピック女子カーリングの一次リーグは、残り二試合。
ここは萌絵選手にがんばってもらうしかない。
二十四日(日本時間)は、テレビを前に、ブラシを手に、応援することにしよう。
がんばれ、萌絵ちゃん!
なんとも腰砕けの闘う姿だなあ。情けない(写真=佐藤雅彦)。
とくに、女子カーリングの<日本 vs スイス>。
結果は残念ながら、4―10で、負けてしまった。
でも、このカーリングの試合を見ていて思いだしたのだ。
僕も、昔はカーリングの選手だった、ということを。
いや、ほんと。
しかも、日本『クリスタル・ジャパン』スキップの目黒萌絵選手と同じ氷上で闘ったのだ。
いや、ほんと。
目黒萌絵選手の生まれ育った南富良野で、カーリングをやる機会があったのだ。
そして、なんと目黒萌絵選手のお父さんとお母さんに教えてもらったのだ。
目黒萌絵選手のお母さん(左)に指導を受けるわたくしである(写真=佐藤雅彦)。
くわしく説明すると長くなるけど、ようするに、南富良野を訪れたとき(たしか五年ほど前のことだ)、運良くカーリングをする機会を得たのだった。
カーリングのルールも知らないのに。
さらにしかも、そのときは、お母さんと同じチームで闘ったのだ。
結果は、もちろん勝利である(と記憶している)。
さて、オリンピック女子カーリングの一次リーグは、残り二試合。
ここは萌絵選手にがんばってもらうしかない。
二十四日(日本時間)は、テレビを前に、ブラシを手に、応援することにしよう。
がんばれ、萌絵ちゃん!
なんとも腰砕けの闘う姿だなあ。情けない(写真=佐藤雅彦)。



この記事へのコメント
以前、カーリングのストーンの「原石」の取材をしたことがありますが。
頭のいるスポーツです。
というわけで、あの日を最後に引退を決意しました。